私が入社した1969年当時、アリタリア航空は、日伊間を南回りで週3便、DC-8で運行していた。機体も小さく、座席配置は真ん中の通路を挟んで、エコノミークラスが左右に3席づつで128席、機内前方にファーストクラス12席のみのかわいいものだった。
南回り便は東京を出発すると、最初に先ず香港かマニラを目指し、次にバンコックへ降りその後ニューデリー、ボンベイ、カラチのいずれかに立ち寄り、最後にテヘランかアテネを経由してようやくローマに到着する。
所要時間は、なんと24時間と現在の倍、丸一日がかり。ルートによっては24時間を超えるフライトもあった。往復するだけでまる二日、のんびりした時代だった。
1960年代後半の世界の航空業界は、ジャンボジェットの導入期であり、アリタリアも創立以来のロゴを一新、同時に、最初のB747を北米線に投入した。いわゆるCIの走りである。お馴染みの尾翼のロゴマークはこのとき以来変わっていない。
大型航空機の登場。B747とDC-10が、航空業界に大量輸送時代をもたらし、実際に世界の空を飛び始めた70年代は海外旅行大衆化の幕開けとなった。
東京ーローマ線へのジャンボ機導入は、DC-8、DC-10の運行の時期が続き、70年代後半になる。いずれにしてもこの頃から日本人の海外旅行熱は徐々に盛んになり、団体旅行、パック旅行が隆盛を誇る時代が近づきつつあった。
今振り返れば、1974年7月にローマ駐在員として赴任することになったのも、こうした時の流れがあったからである。
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